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webadm | 投稿日時: 2011-2-16 7:04 |
Webmaster 登録日: 2004-11-7 居住地: 投稿: 3107 |
最近読んだ数学者の自伝 このところ演習問題の進みが止まっている。例の最小位相推移回路の説明問題で妙な好奇心が働いてしまって、見通しよく結論を示してやろうというのが運の尽きだった。近年の電気回路理論の教科書ではどれも華麗この問題をスルーしているものばかりで、戦後の古い米国の参考書では直感的に示すにとどまっている。
谷を埋める問題かもしれないが、かなり広範囲な数学的な対象を扱うのですんなり説明すること自体が無理なのかもしれない。しかしまだやってみていない試みがあるので追々やってみることにする。 それとは別に様々な視点や発想を得るためにも、著名な数学者の伝記をオークションで見つけては購入している。 以前に紹介した高木貞治の「近代数学史談」は何度読み返しても臨場感がありおもしろい。前半はまるで見てきたように注目すべき数学者列伝を講談師風に紹介しているが、後半はドイツに遊学した実体験に基づく半ば自伝である。後の改版で追記されたヒルベルト訪問記はまさに著者のみ知るエピソードに満ちたヒルベルト伝でもあり、同時代を生きた著者の自伝でもある。 数学者が自伝を書くには、それなりの時間が必要で、数学者として第一線の時には不可能だ。それにある程度の文才も必要だし。数学にかぎらず広い分野の本を読んでいないと書けない。高木貞治は幼少の頃から身近にある書物を読破していたのでその素養は十分そなわっていたのだろう。 次に読んだのは日本人で最初にフィールズ賞を受賞したいまもアジア圏で尊敬される世界的な数学者、小平邦彦の自伝のひとつ。 題名だけを見るとなんとも著者はなんとも怠惰な人のように思えるが、戦時中に書き上げた論文が戦後になって海外に紹介されたことによって一躍世界のトップクラスの数学者の注目を浴びることになったのは驚きである。米国のプリンストン高等研究所に招聘された頃の北米でのエピソード、日本に戻ってからのエピソードや講演内容の採録が含まれている。 著者は記憶が怪しいというが実はそうではないように見える、同じエピソードがこれでもかと講演の折にも繰り返し登場するので辟易するぐらいだ。 この本以外にも著者は伝記を書いているが、オークションでは見かけないのでまだ読んでいない。「ぼくは数学しかできなかった」とかいう題名だったと思う。 先の高木貞治の歴史談話と違って、数学的な難しい話や数式すら一切でてこない。つまり小平邦彦の人生から数学を除いた補集合だけ書かれている。幼少の頃からピアノを習っていたのでプリンストンでも人前で演奏を披露していたなどユニークな側面も見逃せない。 当時プリンストン高等研究所には日本人が何人も招聘されている。中でも記憶に残るのは、東京と日光で開催された数論シンポジウムで登場した谷山・志村予想の谷村豊の夭折。先に招聘されていた志村五郎先生に続いて北米に渡る直前に言いしれぬ将来の不安を理由とする遺書を残しガス自殺した。 歴史にもしもは禁物だが、もし谷村豊が小平邦彦のようにプリンストンに物怖じせずに乗り込んでいけばきっと大成していたのではなかろうか。とてもとても残念でならない。 すくなくとも生活面は日本に居るよりもずっとましだし、日本はまだ戦後まもなく十分な待遇で呼び戻すことができず帰ってこなかったかもしれない。 ついでに小平邦彦の論文は非常に自然で美しいという話を良く目にする。一度見てみたいものだと思っていたが、先日オークションで岩波書店から出ていた英文の論文集が目にはいった。最初に入札したのだが、終了間際にはなんと高額にせり上がってしまって、とても個人では落札できる金額ではなくなってしまっていた。それだけに貴重なのかもしれない。 故人になると論文集の値打ちが出るというのも皮肉である。同じ岩波書店から出た志村五郎先生の数学書は、小生以外は誰も入札するひとが居なく、簡単に手に入った。といってもトポロジーを知らないので最初の序文で読むのに躓いてしまっている。予備知識を蓄えていずれまた臨もう。 次に読んだというか、今読んでいる途中なのだが、先の東京・日光シンポジウムで来日し、日本の若い数学者をおおいに鼓舞した大御所、Andre Weilの自伝。 たまたまオークションで目に入ったので手にいれたのだが。小生はあまりにもAndre Weilを知らなすぎた。先の谷村豊をプリンストンに招聘しようとしたのも彼である。 Andre Weilは数学界の文化大革命と呼ぶべき数学原論の著者集団Nicolas Bourbakiの創設メンバーである。読むときっかけを作ったのが彼でもあり、様々な面で無くてはならない存在であったことがわかる。 驚くべきことは、語学に堪能であったこと。幼少の頃から父親の影響でギリシャの古典詩に親しんでいたこと。子供の頃にギリシャの古典書を収集していたことなど。ユニークな側面が際だつ。それは後にどの数学者とも違うAndre Weilその人を形成することになる。 インドで数学を教えていたことはついぞ知らなかった。著者にとっては誇らしい時代ではなかったが失敗から多くのことを学んだエピソードを数多く紹介している。興味深いのはインドの大学でのサンスクリット古典詩の講義を聴いていたこと。小生にとってもなじみ深いサンスクリット語がいくつも登場する。詠唱するのを聞くととても記憶に残るのがサンスクリット語である。日本ではサリン事件を引き起こしたカルト集団のおかげで、サンスクリット語の印象が悪くなってしまったのが残念である。 などなど前半までしかまだ読み進めていない。というのも、あまりにも想像を絶する高濃度の内容のため、消化しきれないのだ。 これまで紹介した自伝が大抵はすらすらとおもしろおかしく読み進めたのに比べて、Andre Weilのそれは、1パラグラフでしばらく釘付けになることが延々に続く。 ギリシャの古典詩のように一つのパラグラフがとても長い。これはひとつのスタイルであることは自伝の中の古典詩についての見識からも明らかである。実は日本語にしてしまうとだめなのかもしれない、そんなことを書くと訳者に申し訳ないが、原文を詠唱する必要があるのかもしれない。まずはそれを想像しつつ、全体から何か感じるものがあることを期待するしかない。そうでもしないと苦痛である。 とにかく言えるのは、まれに見る驚異の人生を歩んだ数学者であることだけは確かである。想像をはるかに超えている。 インドから欧州へ戻って交流した先々の同時代の数学の大御所についても躊躇なく批評している。また私有されていた有名な数学者からの書簡をこっそり読んだことなど。これなどは当時の日本の数学者が望んでもできないことだろう。もともとずけずけと辛辣にものを言う人だったらしい。それが東京・日光シンポジウムの時に撮影された日本人数学者の迫真に迫る真剣な目つきにも現れているような気がする。 数学的な業績の経緯も時々にプロットされている。Diophantus方程式について研究していたこと、ジョルダンを研究していたことなど、すべてが後の業績に結びついていく。試みて失敗に終わったことも書かれている。 とにかく最後まで諦めずに読んでみることにしよう。数学書を読むよりもかなり集中力と想像力を要する。 |
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» 最近読んだ数学者の自伝 | webadm | 2011-2-16 7:04 |
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